序章
夕暮れが近づく高速道路。西に傾いた太陽が、車列の窓ガラスに反射し、赤みを帯びた光をあたりに散らしている。道路の先に見えるのは、止まったまま動かない長い車の列。クラクションの音が時折響き、運転席から漏れる小さなため息がその音に混ざる。
運転席に座るのは、35歳の会社員・田村誠だ。営業職をしている彼は、今日も取引先との商談を終え、東京から自宅のある横浜へ帰る途中だった。しかし、その帰路は予想以上に厳しいものとなった。ニュースで聞いていた渋滞情報を侮った結果、彼は今、高速道路上で完全に動けなくなっていた。
ハンドルに置いた両手を眺めながら、誠は思った。「このまま渋滞が解消するのを待つべきか、それとも次の出口で一般道に降りるべきか…」高速道路なら、車内でのんびり音楽でも聞いていられるが、一般道に降りると、渋滞を避けられる保証はなく、新たな混雑に巻き込まれる可能性もある。
彼の目はカーナビに映る地図を見つめ、一般道のルートと渋滞区間の長さを交互に確認する。どちらを選んでも、それなりのリスクと不便さが伴う。
「どうしようかな…」
その選択肢はとても単純だ、ただ帰るための手段を選ぶだけだ。しかし、誠にとってはそれ以上のものに思えた。
第1章:葛藤
車内に流れるラジオからは、軽快な音楽が流れている。しかし誠はそれを聞き流して、窓の外に目を向けていた。後ろにも、前にも、無数の車が並び、誰もが同じくこの渋滞に苛立ち、あるいは諦めているように見えた。
「降りるべきか、待つべきか…」彼の心の中で小さな戦いが始まる。誠は、数年前に読んだ自己啓発書の一節を思い出した。「安定した道を選べば、安全だが退屈になる。未知の道には、失敗もあるが新しい発見が待っている。」
一般道に降りることは、確かに新しい挑戦のようにも感じる。しかし、渋滞の中で車を動かさずにいることも、一種の忍耐と捉えられるのではないだろうか?彼は自分自身の性格を省みる。
最近の生活は単調で、毎日がルーチンの繰り返しだ。朝は目覚まし時計の音で起き、仕事へ行き、夜は一人で家に戻る。同じ道、同じ時間、同じ風景。それが誠の安定した日常だった。
だが、このままで良いのだろうか?この選択はただの帰り道を決めることではなく、誠の人生そのものを象徴しているかのように感じられた。
第2章:心の移り変わり
窓を開け、外の冷たい空気を一気に吸い込む。道路の先から聞こえる遠くのサイレンの音に、誠はふと耳を傾けた。「もしかして、事故渋滞かもしれないぞ?」そう考えると、このまま待つのは得策ではないかもしれない。
一方で、カーナビの画面には、次の出口までの距離と一般道のルートが表示されている。それは彼に、新しい選択肢の可能性を提示しているかのように見えた。「降りてみるか…でも、本当にそれで良いのだろうか?」彼は自問自答する。
助手席には、先日友人からもらったビジネス雑誌が置かれている。その表紙には大きな文字で「リスクを恐れない挑戦者たち」と書かれていた。誠はそれを手に取り、軽くめくってみた。どの記事も、リスクを冒した先に得られた成功や発見について語っている。
「新しい選択肢を試してみるべきかもな…」誠はそう呟いた。しかし、同時に「うまくいく保証はあるのか?」という不安も押し寄せる。彼は自分の心の中で、安定と挑戦という二つの対立する感情に向き合っていた。
第3章:予期せぬ選択
ついに誠は、次の出口で降りる決意を固めた。ハンドルを握り直し、車線変更のタイミングを見計らう。「よし、一般道で新しいルートを試してみよう。」そう考えたその瞬間だった。
突然、ラジオから新しい渋滞情報が流れた。「現在、事故渋滞が解消しつつあるようです。およそ10分後には流れがスムーズになる見込みです。」
誠は驚き、思わずカーナビに目をやった。「10分で流れる?そんなに早く?」迷いが再び頭をもたげる。「本当か?本当に待つべきなのか?」彼は目の前に分岐点が迫ってくるのを強く感じた。
最終的に、彼は出口を通り過ぎ、そのまま高速道路に留まる選択をした。
彼の選択が正解だったのかは、まだわからない。しかし、車が少しづつ進み始める中で、誠はふと気がついた。この迷いの時間こそが、自分の心を深く見つめ直す貴重な瞬間だったのではないかと。
「どんな選択をしても、それが正しいかどうかなんて、結果が出るまでわからない。それでも自分で選ぶことが大切なんだ。」
車窓から見える景色を眺めながら、彼はそう思った。そして、アクセルを少しだけ踏み込み、前を見据えた。
第4章:交差する道
信号のない高速道路を走ることで、誠は普段なら気にも留めない車たちの動きに意識を向けるようになった。渋滞に巻き込まれる前までは、それぞれの車が目的地に向かうただの点のように感じられていた。しかし、今は違う。隣の車線でじっと停車しているトラックや、彼の車の前でエンジン音を立てているワンボックスカーも、きっとそれぞれの事情や物語を抱えているに違いない。
「この世界には、どれだけ急いでいる人がいるのだろう?」
誠はふと、そんなことを考えた。渋滞の先に待っているのは何だろうか。未知の道を進みリスクを取る人、そして今の道を信じる人。どちらも正解のようで、どちらも誤りのように感じた。
その時、再びカーラジオからニュースが流れた。
「東名高速の一部区間で大きな事故が発生しました、渋滞、通行止めの可能性があるため、一般道への迂回が推奨されています」
ニュースキャスターの冷静な声に、誠の心は揺れた。
「やっぱり降りるべきか……?」
彼は、ハンドルを強く握った。しかし、次の瞬間には手を離してリラックスしようと努めた。
なぜなら、バックミラーに、スマホの画面に食い入る後続車のドライバーが映ったからだ。彼もまた同じ葛藤を抱えているのだろうか。そして自分と同じように悩んでいるのだろうか。
「待てよ?」
「目の前にある選択肢が2つだけとは限らないじゃないか。」
実は他にも、もっと多くの可能性があるのかもしれない。
「自分が選んだ道が正解だと思えば、それが正解になるんじゃないのか?」
誠の心に、小さなひらめきが浮かんだ。
第3章:未知への一歩
インターチェンジの看板が見えてきた。「降りるなら、今しかない」そう思うと、心臓が少しだけ早く鼓動した。降りるか降りないか、どちらにせよ自分で選ぶことが大切だ。選択しないまま流されることだけはしたくなかった。
後ろからクラクションが鳴り、誠は反射的にウインカーを点滅させた。一般道へ向かう分岐路へ車を滑らせる。
「これで良かったのか…?」
彼の中で疑問は浮んだが、それはすぐに消えていた。未知への挑戦が、彼の心に少しだけ明るい、前向きな緊張感を与えていた。
一般道に降りると、住宅街や信号のある交差点が続いていた。誠は普段通らない道の景色を楽しもうとする。だが、思ったよりも信号の数が多く、車の流れも遅い。結果的に、高速道路をそのまま走ったほうが早かったのではないかという後悔が胸をよぎる。
そのとき、目の前に「コンビニエンスストア」の明るい看板が浮かび上がった。深い渋滞の中、些細な変化にでも救いを求める気持ちがあったのだろう。迷わずハンドルを切り、駐車場へ入った。
車を停めた誠は、エンジンを切ってしばし静けさに身を委ねた。
「思っていたよりイライラしてたのかな?少し休もう。」
だが、妙な落ち着かなさが残った。ドアを開けて車外へ出ると、冷たい空気が気分を少し和らげてくれるような気がした。
店内に足を踏み入れると、誠は冷蔵庫の前で足を止めた。並ぶ飲み物を眺めながら、彼の目に留まったのは小さなパックのコーヒーだった。何の気なしに手に取り、レジへ向かう。店員との短い会話を済ませた後、袋を受け取って外に出た。
駐車場に戻り車のドアを開けたその時、彼は少し離れたところで少年が母親と何かを楽しそうに話しているのを目にした。その光景が、どこか懐かしく、温かい気持ちを呼び起こす。
誠はコーヒーのパックを開け、車内で一口飲む。その苦味が舌に広がり、渋滞の中の鬱憤が少しだけ薄れるような気がした。そして、彼の頭にふとある考えが浮かぶ。「どうしてこんなに必死に急いでいるんだろう?」
窓越しに見える景色が、今までとは違う意味を持っているように感じた。行き先に辿り着くまでの道のりが、ただの移動ではなく、小さな発見や気づきに満ちた時間になるかもしれない。
誠はパックを空にすると、車のエンジンを再びかけた。渋滞があろうと、寄り道があろうと、この先にあるものは、自分次第で価値あるものにできるはずだ。そんな気がした。
最終章:選んだ道の先で
新しい道に出た誠は、いつの間にか自分の車を追い越していく同じようなセダンを眺めていた。
「あの車も渋滞を抜けてきたのかな?」と考えながら、彼の心は少し軽くなった。そして、何よりも夕日がとても綺麗だった。
予想以上に時間はかかったものの、ようやく自宅にたどり着いた。車を降りた瞬間、誠の胸にはほっとする安堵感とともに、普段とは異なるささやかな満足感が広がっていた。
どんなに小さな選択であっても、それが人生にわずかな変化をもたらすことがある。今日の出来事を振り返りながら、誠は次に訪れる選択の機会を少しだけ楽しみにしている自分に気がついた。
おしまい。😊
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